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(twitterからの転載です。)

色々と見終わった。とりあえず、星空へ架かる橋 11話:自分的に一押しの伊吹さんが振られてしまった…。しかしながら、些細な過ちに対して、相手が気にしてなくても謝罪するって重要だよね。自分の精神的安定のためにも。

2011.06.27 Mon l 感想-アニメ l COM(0) TB(0) l top ▲
ということで、げんしけん(2代目) 第10巻読了。正直続編やるのどうなの?と、思っていたので一応買ったという感じなのだが、おもしろい。まず、話自体は相変わらずうまいし、内面描写も繊細、そして私見だけど、この人本当に絵のクオリティが半端なく上がった。

でも、その一方で(内面描写どうこういっといてあれだけど)以前にあった圧倒的な感情移入はなくなって、自分にとってキャラクターと気軽にたのしめる話が魅力的な作品に変わっていた。(部分部分で斑目に共感したけど)

ちなみに、その要因は腐女子に話の焦点が移ったからというのと、多分自分の環境が変わった(身も蓋もない言い方をすれば歳をとったから)からと推測している。作品との関係性は通時的に変化するって見本なのかな…。

最後に自分としては、この作品における腐女子描写を、実際の腐女子の皆様はどう受け止めているのか、オーディエンス研究者として気になるところ
2011.05.31 Tue l 感想-マンガ l COM(0) TB(0) l top ▲
宇野常寛の「ゼロ年代の想像力」読了。本当はもう1回読みたいけど、他にやる仕事も多いので、現時点での感想でもメモっておく。とりあえず雑感としては→ジャンル横断的に色々知っているのはすごい、時代状況についての記述にはまあ納得、論点が多すぎでわかりにくい という感じ。

興味深かった点としては、(実証できるかは難しいけど)、1995年以前のアイデンティティは~する/~しないに依拠していたけど、それ以降は~である/でない ということに依拠するようになったという指摘。

そして、90年代後半は、社会的価値観があやふやな中で、”ひきこもる”という想像力が存在していたのが、00年代に入りサヴァイブ感にもとづく、バトルロワイヤル系の想像力に変わったという点。

この点を宇野氏はさまざまなメディアを横断しながら包括的に批評を行っている。この点はお見事という感じ。その一方で、ジャンル横断的に批評を行うというのは、やっぱり作品が発表された背景を看過するという弱点があるとは思う。

つまり、批評としては面白いけど、この手法を研究には輸入できないだろうな、という印象。(学問的にメディア・コンテンツを分析するのであれば、領域を問わず、作品や特定ジャンルの歴史的社会的背景は踏まえないといけないはず。)

そのうえで、一番納得がいかなかったのが、第6章にあったセカイ系批判。つまり、セカイ系とは”ポストモダン状況下で手っ取り早く、生きる意味や確実に価値があることを補給するため、あらかじめ癒されるべき傷を負った美少女が無条件で自分を必要としてほしい、という願望。”

であって、”自分で責任を取らず、その利益のみを享受する決断主義”という記述。私としては、”セカイ系”と呼ばれる作品に他者によるアイデンティティの承認というテーマが含まれていることは否定しないけど、自分で責任を取っていない、というのはちょっと違うのではないかと。

 そもそも、”あらかじめ癒されるべき傷を負った美少女が無条件で自分を必要としてほしい”とあるけど、たとえば、”最終兵器彼女”の作中では、ちゃんと主人公とヒロイン、その他の人物の相互行為が描かれているわけで、そこに無条件の承認なんてあるのかなぁ…と思ってしまう。 

とまあ、そんなことを雑駁ながら思いました。この本と先頃の斎藤氏の本を読んでいると、批評の存在意義についても思うところがあったのだけど、長くなるのでこの辺で。

2011.05.29 Sun l 感想-読書 l COM(0) TB(0) l top ▲
斎藤美奈子の「紅一点論」読了。特撮、アニメ、そして伝記を対象に登場する女性の作品中の役割などについて論じた著作。最近サブカル系の評論が恋しくなっていた&先輩に推薦されていたので読んでみた。

男の子むけ/女の子むけに対応する、科学技術/魔法、軍隊/身近なひとたち、軍事大国/恋愛立国などの構造。あるいは過去のSFに登場する女性キャラクターは看護や通信、雑用、そしてお色気要員でしかなかったことなどを明かにしている。

でもって特撮、アニメ、偉人の伝記が大人の世界のモデルになっているというわけだ。多分にツッコミたい箇所もいくつかあったが、一つの評論として実に面白く読めた。(自分が薄々感じていたことをはるか以前にやってくれていた。ありがたい。)

ちなみにこの手の評論って、はあ?、と言いたくなるものも多いのだが、この本については作者のシニカルな物言いにも関わらずあまり感じなかった。その理由の一つは作者が歴史的な変化に目配せしているからだろう。

つまるところ、筆者は、世界はたくさんの男の子と少しばかりの女の子から出来ている→それじゃいかん、もっと女性の物語と新しいヒロイン像を!と言いたいわけだけど、単に男性向けメディアを批判するだけじゃなく、自分なりに可能性を見出そうとしているところには好感をもてた。

…そして、そろそろ、魔法少女まどかマギカを論じた新書が大量生産されそうな予感…(もちろん、社会学徒としては当該の作品がオーディエンスにどのように消費されたのか(深読みも含めて)は関心があるわけだけど)。

しかし、この書籍は98年発行だけど、その後のアニメ界の動向を氏がどう見ているのかは気になるなぁ。セカイ系、日常系など新たなジャンルが続々と構築されたわけだけど、女性キャラの役割は広がっていく一方で、(主に男性の)視覚の対象としての女性像はむしろ増加しているような気もするし。

以上、Twitterでつぶやいた内容をそのまま掲載です。
2011.05.27 Fri l 感想-読書 l COM(0) TB(0) l top ▲
・2011年3月31日で立教大学大学院社会学研究科博士課程後期課程を修了いたしました。

・久しぶりにホームページを大幅に更新しました。過去の業績などを最新のものに
してあります。
2011.04.09 Sat l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
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